旅行やガーデニングやイルミネーション、インテリア、ショッピング等々のはまっていることについて色々書いていきます!また、こだわりの家づくりについても書いていきます

クロアチア・スロベニア4カ国観光(古都ザブレブイ市内観光
今日で最後の旅行ブログです
ジャンボツアーでは1月にイタリア7日間が何と10万円ほどで募集が出てます
ポンペイで行きたいのですが 有給が取れない ほんと残念です
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9月20日 火曜日
ホテルでの朝食後 古都ザグレブの市内観光へ
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ザグレブはクロアチア共和国の首都
長い歴史を持つ中枢の街ザグレブは、昔から文化的、学術的、経済的中心として発展してきました。
ザグレブは政治、経済の中心地として重要な位置を占めています。
ザグレブを訪れる旅行者は旧市街地のバロック様式の雰囲気や青空市場、
ショッピング、クロアチアやザグレブの伝統的な料理を楽しむことができます。
ザグレブには公園や散歩道も多く、
二つの尖塔を持つゴシック大聖堂の塁壁下のリブニャク公園や
緑のレヌツィ馬蹄型公園とも呼ばれるズリニェヴァツ公園などは旅行者にも人気のスポットです。 (ネット引用)
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聖母被昇天大聖堂
クロアチアを代表するカトリック教会で空に向かってそびえ立つ2つの尖塔は街のシンボルでです
高い建物が少ないザグレブではいっそう引き立って見えます。
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大聖堂の外部に施された装飾はとても細かく美しかった
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かわいらしい屋根が印象的なカトリック教会
モザイクタイルで描かれている紋章は、
右側がザグレブ市、
左側はそれぞれクロアチア王国・ダルマチア地方・スラヴォニア地方のものです。
この教会がある広場には国会議事堂や首相官邸など、国の重要機関が集まっています
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イェラチッチ広場の前を電車が走ってました
ツアー客の一部は電車に乗って観光を楽しんだとのこと
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ザグレブのシンボルの一つのイェラチッチ広場
ザグレブっ子たちの定番の待ち合わせ場所でもあり
東京でいう「ハチ公前で!」は、ザグレブでは「イェラチッチ前で!」となります

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イェラチッチ広場のすぐ裏手に広がる市場。
ドラツ市場の光景
野菜・フルーツのほかにはちみつなど、たくさんの食材が売られているドラツ市場
市場で目に付く赤いかわいらしいパラソルはザグレブのシンボルのひとつです
見ているだけでも楽しめます
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ここのお店の油であげたパンを食べました
一人で食べるには大きかった
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お花が安くて10クーナ(200円) もうびっくりアレンジメントも素敵な上 ¥200円なんて
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石の門です
1731年の大火で城壁と東門(現在の石の門)周辺が焼け落ちた際、
灰の中から無傷で見つかったとされるマリア像を掲げてある場所です。

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昼食はレストランでの食事となりました
味は普通

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レストランの画像です

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18:45 ザブレグ発 カタール航空にて空路 帰国の途へ
10:05 ドーハ着 
07:07 ドーハ発 カタール航空にて羽田空港へ 所要時間9時間40分
22:45 羽田着 無料シャトルバスにて東横インへ
08:55 羽田発 日本航空に那覇空港へ
11:30 那覇空港着

旅行の感想
10日間 お天気に恵まれ 同行したツアー客とも仲良くなれて
楽しい旅行でした
今回の旅行は自然や遺跡などバリエーション豊かで良かった
お土産は写真を写さず配ってしまった
ビターチョコで有名なチョコレート専門店で購入のチョコレートは
お値段が高いにも関わらす 味はイマイチで職場では評判が悪かった
チョコは甘い物がいいみたい
ドライいちじくは好きな方は安いの購入を
ラベンダーのポプリも安い
はちみつは相当安かったのですが 使わないので購入しなかった
使うかたには はちみつは買うことを勧めたい
リネンの白のテーブルクロスは 娘には喜んでもらえてよかった


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クロアチア・スロベニア4カ国観光(世界遺産スプリット・ティオクレティアヌス宮殿観光)
9月19日 月曜日

ホテルでの朝食後 アドリア海最大の港町
世界遺産スプリット・ティオクレティアヌス宮殿観光をしました
3世紀に作られた宮殿に入場 ジュピター神殿 
スフィンクスが入り口に置かれた聖ドミニウス聖堂を見学しました

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クロアチアにあるスプリットは首都ザグレブに次ぐ第2の都市
美しいアドリア海に面した港町です
ここに古代ギリシャ人達により植民地「アスパーラトス」が作られました
そして後に古代ローマ人がここを「スパラトゥム」と名付け、ローマ皇帝の宮殿が建設されました。

南国風のヤシの木が美しい海岸のすぐそばにある歴史を感じさせる石造りの建物
これがディオクレティアヌス宮殿の城壁になります。この城壁には今も人が住んでいます。

「スプリットの史跡群とディオクレティアヌス宮殿」にある地下宮殿への入り口は城壁南側にある「青銅の門」です
ディオクレティアヌス宮殿の地下宮殿は博物館(有料)となっています
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ここは地下と呼ばれていますが、実際には元々1階だと考えられています。ディオクレティアヌス宮殿は海に向かって傾斜した土地に建てるために南側の建物を数層に分けて高くすることで全体を水平に保ちました。つまり宮殿全体の構造から見ると地下室という状況です
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しかし、建設当時は1階だったはずの場所がどうして現在は地下になっているのかと言うと、「1年間で1mmの地盤沈下」と「中世に住んでいた人がここをゴミ集積場にしたから」です。

地下宮殿の天井のあちこちにある穴から捨てられたゴミが地下を埋め尽くしたため、宮殿遺跡は崩壊を免れました。現在もまだ未発掘の場所にはこうしてかつてのゴミが土の塊となって残っています
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地下宮殿の博物館の奥にはいくつもの部屋があり、凛々しいディオクレティアヌス皇帝の胸像も飾られています
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こちらは 現地ガイドさん 日本語は話せないのですが
添乗員さんの通訳で面白可笑しくガイドしてくれました

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聖ドムニウス大聖堂
地下宮殿の博物館から出た中庭にあるのが八角形の建物が特徴的な「聖ドムニウス大聖堂」です
隣にある鐘楼は上ることができ 高い場所から旧市街地を一望できます

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フリーの散策は楽しめました
お土産物屋さんやアイスクリーム屋さんもあってあっという間の時間が過ぎ去って行きました
治安がいいのもいいですね

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天井にぽっかりと開いたドーム状のこの場所は前庭と呼ばれ
皇帝住居の玄関口だった場所です
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ここは音響効果があるので アカペラで美しい音楽を聞きました
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中庭(ペリスティル)です
プリットの史跡群とディオクレティアヌス宮殿を散策する際に拠点となります
地下宮殿を抜けた場所にあるり 12本のコリント式の列柱が歴史を感じさせます(画像を借りてます)

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この広場では、ちょっとした観光客向けのイベントが行われいて
正午になるとラッパが鳴り響きペリスティルのベランダ部分に王様とお妃さまが登場して
当時にタイムスリップした気分に浸れるとのことです
兵士と一緒に写真をとるのは有料とのことです

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スプリットのあるクロアチアのダルマチア地方では、ブーゲンビリアが良く見られます。白い石の壁に生える美しい花がとても素敵です
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グルグール司教の像 
ディオクレティアヌス帝宮殿の北門を出たところにある巨大なグルグール司教の像は
左手に聖書を持ち 右手を高く上げている。
クロアチア語で聖書を書いた司教。
建築家イワン・マストロビッチ(イヴァン・メシュトロヴィッチ)の作品。戦争で破壊されないようにと解体し隠され、戦後再建された。左足の親指に触ると願い事が叶うと言われ、人々に触られ、ピカピカ(ネット引用)
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レストランにてにて昼食
前菜 ピリ辛で美味しかった
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今回の旅行でのパンは パン好きの私には美味しくなかった
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メインのシーフードリゾットは塩辛かった
今回で2度めのリゾットですが いずれも塩辛かったので
リゾットはクロアチアでは 塩辛いものが普通なのかもしれませんね

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デザートはアイスクリーム
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その後 バスにてザブレブヘ
今回の旅行は 午前観光後昼食を終えると午後はほとんどバスでの長時間の移動
2時間ごとにトイレタイム スーパーは嫌になるほど紹介されました
物価が安いので買物好きには良かったと思いますね


夕食はレストランで この旅一番のごちそうとなりました

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ザブレブのホテルはワンランク上のスーペリアクラスのホテルでした
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クロアチア・スロベニア4カ国観光 (世界遺産モスタル観光)
昨日と一昨日は 台風後のベランダのランの手入れと
長く放置されていた2階ベランダの大掃除
アルミサッシの外側がカビだらけだったので カビキラーでの掃除 
庭の西側 北側 東側が汚かったので大掃除と重労働で疲れました

現在62歳 65歳を待たず仕事を辞めたいよーな
辞めると収入が少なくなるので 後悔しそうなので
辞めれないのが悩ましいですね


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9月18日 日曜日
ホテルでの朝食後は 国境を越えて
オスマン帝国の歴史が残るボスニア・ヘルツェゴビナの世界遺産モスタル観光でした

モスタル市内の中央を、さほど大きくないネレトヴァ川が横切り、そこに石で出来た橋が架けられています。
このモスタルには、内戦が勃発する以前、3つの民族が仲良く暮らしていました。幾つものモスクや教会が建てられ、平和な日々が続いていました。そして、そこに架けられた橋は民族を結んでいました。
このスタリ橋と呼ばれる石の橋は、1566年に作られ、トルコ語の古い橋という意味から、この街はモスタルと呼ばれるようになりました。
紛争の時には、この橋も破壊されてしまいました

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お土産物屋さんが一杯で トルコ旅行の時に見たエキゾチックなものが売られてました
価格は比較的良心的でパシュミナのストールは1200円ほどで安く売ってます
ここで刺繍いりの白の150×220のリネンーブルクロスを5000円足らずで購入
迷ったのですが 若い女の方があまりにも熱心で
なぜか気の毒に感じられて言い値で買ってしまった
テーブルクロスは 現在娘の家で使われてます

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 内戦により街には至る所に弾丸の後が見えます
徹底的に破壊された家屋もたくさん放置されています。
今は、観光客がたくさんこの街を訪れていますが、
土地が痩せていて、あまり豊かでなかったこの地域の失業率は50%にも達し
世界的にも貧しい国にランクされています
上まではネットから引用です

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200ユーロたまると橋から飛び降りるパフォーマンスが見られます
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昼食は 名物料理のチェヴァビを食べました

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その後 絶景の続くアドリア海の島々や村々を車中より楽しみながらトロギルのホテルへ
部屋も広くバスタブのあるホテルで快適でした
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ホテルでの食事は毎回 バイキングでこんな感じでした
飲み物は有料ですが 他のヨーロッパの国と比べるとお安いです

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クロアチア・スロベニア4カ国観光 (世界遺産ドブロブニク)
昨日と今日のブログは前後してます

9月17日 土曜日 午前

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クロアチア共和国
面積:九州の1.5倍   言語:クロアチア語
人口:425万       通貨:Kn クーナ 1Kn約20円
首都:ザブレブ


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ホテルでの朝食後 
午前はロープウェイでドブロブニク旧市街とアドリア海を見下ろすスルジ山へ観光予定が
雨のためロープウェイが運行しないので中止となりました
雨でなければ こんな景色が見れていたはず (画像お借りしました)
残念です
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午前はドブロブニク旧市街観光のみとなりました
おかげでフリー散策の時間が多く取れて それはそれなりに楽しめました

ドブロブニクはヨーロッパのアドリア海に面した国クロアチアの港町であり
アドリア海の真珠とも言われております
日本人にはジブリ映画の「紅の豚」のモデルになった街並みとして有名です

ドブロブニク旧市街マップ

ドブロブニクはクロアチア最南端の街で
13世紀以降に地中海交易の拠点として栄えた歴史を持ちます
その影響か、ゴシック、ルネッサンス、バロック様式の教会や
僧院、宮殿、噴水などドブロブニクは、美しい街並みを誇っています。
ドブロブニクの目抜き通りストラドゥン石畳は、
何百年ものあいだ人々の通行により磨かれ、滑らかに輝いています
ドブロブニクの旧市街を取り囲む全長約2キロの城壁は遊歩道となっており、
塁壁の上の見晴らしは素晴らしくエラフィテ諸島の島々が一望できます。
(ネットより引用)

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 ピレ門を通って旧市街へ
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オノフリオの大噴水
オノフリオの大噴水は、ナポリのオノフリオ・デッラ・カヴァが1438年に造った大きな噴水で
12km離れた源泉から水を引いて市内の2か所に設けられています
16面の顔のレプリカ(地震で少し欠けていますが)の口から
水が噴き出していて飲料水となっています

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旧総督邸の内部
ゴシック ルネッサンス バロックが調和する美しい建物です
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旧市街観光中に大雨になって 時間がたっぷりあるにも関わらず
気のきかない添乗員さんは 雨宿りもせず観光を続行
びしょ濡れに
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城壁の上を散策しました
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遠くに見える山がスルジ山
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城壁の上から見ると雨にも関わらず素晴らしい景観が広がってました
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この方が現地ガイドさん 男前ですが 日本語ができないので
ガイドすることなく付き添って歩くだけ もっぱら説明は添乗員さんが

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雨が上がって青空市場を自由散策 
こちらでは ドライイチジクとラズベリーのポプリ チョコレートを購入 
クロアチアで最も有名なチョコレー店のクラシュで購入したのですが
ビターなチョコは 家でも職場でも不評で 甘党の息子はまずい
職場でも長く残ってました 
ビターチョコは お土産には不向きですね

果物や野菜が豊富で新鮮かつ安く売られてました

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観光を終えた後 レストランにてシーフードピザ ハーフを
食べて外にでたらこんないい天気になりました
まったく残念です

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バスに乗って 旧市街が見える絶好スポットへ
美しいですね
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その後 国境を超えて モンテネグロ共和国の古都コトルへ



クロアチア・スロベニア4カ国観光 (世界遺産コトル観光)
9月17日 土曜日
午前のクロアチアのドブロブニク市内観光を終えてモンテネグロ共和国のコトルへ
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モンテネグロはセルビアと共にユーゴスラビアから独立、2006年にセルビアから分かれ
国土面積は日本で一番小さい香川県よりも小さく
人口も62万人の小さい国です。通貨はユーロです
世界遺産のコトルはモンテネグロで最も美しいといわれ
12から14世紀にはセルビア王国の領土だったコトルの街は通商の中心として栄えました
城塞の中には、長い歴史を映すように、カトリック教会やセルビア正教会など
幾つもの教会が建てられています

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モンテネグロという国名は、「黒い山」を意味するイタリア語のヴェネチア方言が由来です。
国土の約60%が標高1000メートル以上の山地で、最も高い山は2522メートル、
コトル湾に面して聳え立つ崖の高さが1300メートルにも達する場所も所々あるそうです。

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絶景のコトル湾をフェリーでわたりました
コルト湾は 欧州最南端のフィヨルドと言われてます
昨年の北欧フィヨルド観光を似た感じの絶景が広がってました
小さな街ですが 
道は入り組んでますが小さな街なので迷うことなく散策できました

フェリーで到着
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コトルの正門
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正門のところにあるライオンのレリーフ
翼の生えたライオンはヴェネチアの守護聖人である聖マルコのシンボルであり、この像があるということで
かつてヴェネチアの支配地であったということが分かる訳です。
事実、アドリア海沿岸の街々は中世から近世にかけてヴェネチア共和国の支配下にありました。
コトルに関して言えば、コトルがヴェネチア共和国の支配下に置かれたのは1420~1797年の間です。(ネット引用)

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コトルの歴史は古く、紀元前にローマ帝国の町として建設され、
その後セルビア王国などの支配を受けたりしながらヴェネチア時代に入りますが、
いつの時代も海洋貿易で繁栄し、地形的にも守りが堅いことにより栄えることができました。

武器の広場に建つ時計塔。
その下にある四角錐の柱は「恥の柱」と呼ばれる罪人の晒し台で
この広場は公開裁判の場とのこと

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結婚式が行われてました

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市街の背後にそびえる山に沿って築かれた城壁の幅は2~15m、高さは最大20m、
長さは4.5kmもあり、数百年を要して作られたということです。
最も高い地点は海抜250mの聖ジョバンニの要塞です。
中腹にある小さな教会は15世紀に建てられた聖母教会。(ネット引用)

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その後 クロアチアのドブロブニクへ 昨日と同じホテルにて夕食をとりました


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