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旅行やガーデニングやイルミネーション、インテリア、ショッピング等々のはまっていることについて色々書いていきます!また、こだわりの家づくりについても書いていきます

トルコ旅行8日目 (グランドバザール)
10月20日8日目
この日が トルコ旅行最終日でした
長かったブログも今日で終わり

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ボスポラス海峡クルーズ後 
千年にわたって首都として栄えた世界遺産イスタンブール歴史地区観光となりました

ビザンティン帝国とオスマントルコ帝国の二大帝国の首都だった
イスタンブール旧市街は、歴史地区としてユネスコの文化世界遺産に登録


この建物は ブルーモスク
ブルーモスクだけど、全体的にパステルな色調
アヤソフィアのちょうど向かいに位置してます(ネット引用)

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モスク入り口

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「ブルーモスク」の名の方はがひろく知られるこのモスク、
その云われ内部の壁、天井、柱を覆う文様がほんのり青を帯びていることから。昔は全体的にもっと青みが強かったものの、近年の改修で天井などはより抑えられた色彩になっており、全体的に優しい色調で覆われています
一方で昔から残っている壁のイズニックタイルなどははっきりとした青が美しく、
これもまた見どころの一つです
(ネット引用)

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門や窓に施された真珠母とべっ甲の装飾も美しく、
こちらは設計を担当した建築家の1人、セデフキャル・メフメット・アーという職人の手によるもの。
そしてカリグラフィーは当時の有名な能筆家、アフメット・グリバリが担当したもので、
このようにモスク内はさながら博物館のように、レベルの高いオスマン芸術が堪能できるのも特徴

(ネット引用)

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その後 トプカプ宮殿を観光
写真撮影が禁止の所が多くてあまりいい写真がありません

6枚のみブログにアップ

トプ カプ宮殿は 370年もの長きにわたってオスマントルコ帝国の繁栄を支えてきました。
宮殿自体は ヨーロッパのゴージャス宮殿な比べると、
強大な帝国・オスマントルコの宮殿にしては思ったよりはがっかりだったのですが
宝物館の財宝は 見応えがあります
左の門(帝王の門)は宮殿を訪れた人を最初に迎えます
帝王の門を進むと庭があって右の門(表敬の門)があります

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トプカプの敷地は基本的に庭園がベースになっており、
その脇に小さな部屋がいくつか並んでいたり、
キョシュキュと呼ばれる離れとしての小さな建物がいくつかあ
るだけ(ネット引用)

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ハレムのタイルが美しいと効いていたのですが入場料が必要なので見てません
宝物館にある86カラットのダイヤモンドとトプカプの短刀は有名です
画像がないのでネットからお借りしました

これが スプーン職人のダイヤモンド
漁師が拾ったダイヤの原石をただの石と思って、
スプーン職人とスプーン3本と交換してしまったという
86カラットのダイヤモンド
世界で7番目に大きいダイヤモンドとの事
周りには、小さなダイヤモンドが囲んでいて、その数49個

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これはトプカプの短刀
この短剣の柄の部分には 世界最大級の緑のエメラルド3個がはめこまれているとの事

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そのほかよだれがでそうなぐらい素敵なアクセサリーが一杯でした
写真がないのでここからは宝物館の財宝をネットから写真をお借りしました

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宝物館には オスマントルコ帝国がその栄華を極めた象徴ともいうべき宝物がザクザクあります。

その後アヤソフィアを外観のみ観光
アヤソフィアはビザンチン帝国時代に教会として創建
オスマントルコ帝国時代はモスクに
イスラム教が偶像崇拝を禁止しているため
内部のモザイク画は漆喰で塗り固められ、イスラム装飾が施されます。
礼拝の時間を呼びかけるミナレットと呼ばれる塔が建物を囲むように4本建てられ
トルコ共和国に入ると、アヤソフィアは宗教施設でなく、博物館として開放されます
漆喰で塗り固められたモザイク画も修復作業によって次々と日の目を見ることになり、
アヤソフィアは美しいビザンチン美術とイスラム美術の傑作が混同する博物館に変身。
1985年には、イスタンブール歴史地区の一部として、ユネスコの世界文化遺産に登録されました

(ネット引用)
世界文化遺産なのに ブルーモスクの向いにあるのに
外観のみ観光となりました


写真を写したつもりがないので 画像お借りしました

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その後市内のレストランにてシーフードの食事をとりました
この地ビールは まずい 不味すぎて残した
生ジュースをとれば良かったと後悔
スープは美味しい

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イカの天麸羅
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多分 魚が入ってたはず

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昼食後は イスタンブールでの一番の楽しみ
グラン・バザールでの買い物でした
1時間30分と時間が短くて 目移りて何も買えず残念な事に
グラン・バザールの入り口 ヌルオスマニエ門

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いま思えば クッションも陶器もランプもテーブルクロスも買いたかったなー


帰国後 ブログを書くために調べると国内価格 結構高い
娘にプレゼントしたパシュミナ¥1000だけど
評判がよくて もっと買っとけばよかった
枚数買えばもっと安くなったのに

クッションも2枚1000って言ったのに買わなかった
結構 国内では高いだよね

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グラン・バザールでの自由時間が短くなったのは
現地で00:50のトルコ航空がダブルブッキングのため
急遽 エミレーツ航空になって出発が19:25分なったせいなのかなーって思ったりしてます


帰国は トルコ航空で関空(飛行時間11時間05分) 
関空から那覇空港(飛行時間2時間)だったのが

エミレーツ航空になって19:25分発 ドバイ着00:40分
ドバイ発AM3:00 関空着17:10と1経由が2経由となりました
航空会社のグレードが上がったとの事ですが
座席はカタール航空より狭くて食事もまずいし足置きもなく不満
飛行時間も長くて ダブルブッキングの時は補償(お金)が出ることがあるとの事で
一時はビジネスかなーって思ったのですがエコノミーだし大したこともなく不満

添乗員さんが 帰港後補償があるかもしれませんと言っていたのですが
なんの音沙汰もないのでグレードを上げたことで帳消しになったようです

それにしても グラン・バザールのフリータイムが短くなったり(勝手に思ってます)
1経由が2経由で難儀だった事 グレードが高い航空会社の割に座席が狭く窮屈だったことを
考えると チョット残念でした

下の画像を見ると 結構買いたい物がある
今まで旅行に行った中では トルコが一番お土産がいいかも
価格も安いし 品質もいいし
それにしても 旅行前に買うものを決めていけばよかったとちょっと後悔

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エミレーツ航空の食事です
味はカタール航空の方が美味しかった
乗務員のサービスはいいです
座席はカタール航空が広い
ビデオはカタール航空に比べて日本語で見れるのが多い
長時間の飛行機(深夜なら)座席前が広いカタール航空がいいですね

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やっと トルコの旅ブログ終わります

ツアー客と仲良くなって楽しかった 見る所が多くて楽しかった
天気に恵まれてよかった トルコは物価が安くてよかった
治安もよく食事も安心して食べれてよかった

結構 忘れちゃって調べながらで時間かかりました
行程が前後しているのがあるかも

しばらくは 有給がとれそうもないので
旅行は行けません
来年こそは イタリアに行こうと思ってます
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トルコ旅行 8日目(イスタンブール観光)
10月20日 8日目はイスタンブール観光

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午前中は オプショナルツアーのボスポラス海峡クルーズに申し込みました
¥9000で高いので 迷ったのですが
1時間半ほどのクルーズで フリーにした方は時間が短い為
出かけることができず ホテルで待つ事になりました

思ったよりよかったので お勧めです

この日は 朝は晴れていたのですが午後からはお天気がくずれました
朝早いクルージングなので 結構寒かった
バスからの写真です
トルコはイスラム教徒ですが 一部の方は
長いロングコートにスカーフを巻いてます

トルコというとイスラム圏であり、男性はトルコ帽、女性は白い帽で顔を隠すイメージがありますが、
ルコ共和国の建国により、国立学校や国の機関でイスラム色を出すことを禁じました。
イスラムでは女性の頭髪は性的な部分なので、スカーフで隠さなければならないものですが、
大学ではスカーフ着用が禁止になっていました。
これが最近は解禁になったようです。
(ネット引用)

田舎では スカーフを巻いているかたを多く見かけましたが
ここイスタンブールでは少数です

トルコ人って色の黒いイメージがあったのですが
遠足の小学生を見かけたのですが 色白でした

ヨーロッパに近い為にヨーロッパからの観光客が多いです
特にドイツ人が多いとの事 ドイツまで飛行機で2時間55分 と言っていたような
観光バスはドイツ車のベンツでした

ヨーロッパの方もトルコの方も 日焼けをこのむようです
お洒落なガイドのメルさんは 日焼けして
ほりの深い真っ黒の顔に 黒髪を金髪にしてました

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イスタンブールについて
トルコ最大の都市であり、文化、経済の中心地。
人口は約1,200万人でアジアとヨーロッパの2つの大陸にまたがっています。
かつてローマ帝国、ビザンチン帝国、オスマン帝国という3代続いた大帝国の首都です


午前は ボスポラス海峡クルーズとなりました
中型船を貸切
岸を離れた船はまずガラタ橋の下をくぐります。ガラタ橋は新市街と旧市街を結んでいま

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先に進むと1つのジャーミーが見えてきました。。
ドルマバフチェ・ジャーミー
ガラタ橋と同じく、オスマン帝国のスルタン、アブドゥル・メジト1世の母后ベズミ・アレムの命で、
1855年に建設されました。
彼女は自分の財産のほとんどを慈善活動に費やした女性でした。
 
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ドルマバフチェ宮殿

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オルタキョイ・ジャーミーの先にあるボスポラス大橋は、
1923年に誕生したトルコ共和国の建国50周年を記念して1973年に建設されました

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ベイレルベイ宮殿
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往路はアジア側に沿って船は進みます

ボスポラス海峡沿いに並ぶ邸宅
素敵な別荘が沢山あります
アメリカのテレビドラマのミッシングの最終回
イスタンブールの街並みと別荘が写ってました
こんな白い別荘だった

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乙女の塔(クズの塔)
この塔はビザンティン帝国の時代には要塞として使われ、
やがて、灯台として使われるようになりました。
現在はレストランになっています。

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トルコ旅行 7日目(トロイの遺跡)
10月19日 7日目
この日も晴天 暑いです


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7の下の湾のアイワルクから7(トロイの考古遺跡)へ移動

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トロイ遺跡について
最初にトロイの町ができたのは、紀元前3000年頃。
その町を第Ⅰ市とすると、
その後火災や侵略によって、消滅、再建が繰り返され、
紀元前300年頃の第Ⅸ市まで続いた。
その後徐々に衰退し、5世紀には完 全に忘れ去られてしまった。
ギリシャの吟遊詩人ホメロスの「イリアッド」の話を、
ドイツ人ハインリッヒ・シュリーマンは信じて

周囲の嘲笑にもめげず、1870年に発掘を始め、
1873年ついに、トロイ遺跡を発見した。彼の死後も発掘は引き継がれ、
9つの層に渡る都市の跡が確認された
。(ネット引用)


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トロイ戦争の発端は、美人コンテストの審査員となったトロイの王子パリスが、
女神達にそそのかされて、スパルタの王妃ヘレネを誘拐してしまう。
ギリシャ軍は彼女を取り戻そうと、何度も進軍し、

10年もの長い年月を費やすが、取り戻すことができない。そこで一計を案じ、木馬と一人の生贄を残して、撤退したようにみせかける。
トロイ軍は戦利品として木馬を城内に引き入れ、祝宴をあげる
。深夜になって木馬の中に潜んでいた兵が城内に火を放ち
、舞い戻って来たギリシャ軍とで、あっという間に陥落してしまう。
この話は、紀元前1200頃の第Ⅶ市の時代と考えられています。
(ネット引用)

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遺跡は 思ったより小さい
歴史に相当興味がなければつまらない
トロイの木馬もレプリカなので
ちょっとがっかり


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石垣だけなので
せっかく ガイドさんが説明してくれたのですが
全て忘れてしまって
説明文をネットでさがしながらブログを書いてます
週末に一気に書き上げるので 疲れて調べるのをやめます

何かわかりません
 
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その後ヨーロッパとアジアの架け橋イスタンブールへ

ダーダネルスク海峡をフェリーで渡り アジア側からヨーロッパ側へ上陸しました


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美味しいスープとトルコ風春巻き

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昼食は キョフテ(肉)

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午後6時頃にイスタンブールの夕食を食べるレストランに到着するはずが
金曜日の帰宅時の大渋滞に巻き込まれて
レストラン到着が 3時間後の9時すぎとなりました

添乗員さんが この前も渋滞で9時になったと話されていたので
ジャンボさんは せっかくの旅行なので渋滞を避けるように
コースの見直しを考えるべきだと思います

沖縄県民は優しいし遅れることに慣れているので
文句一つ言わず イイヨイイヨ と言ってましたが
それに甘んじないで よりよいコースをセッティングして
サービス業なのだから

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レストランに 9時過ぎにやっと到着
名物のドネルケバブを食べました
あまり美味しくなかった 残してしまった

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イスタンブールのホテルに10時過ぎに到着
こちらは 5つ星ホテル

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部屋も広くて ベッドの寝心地は最高でした

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トルコ旅行 6日目(ベルガマ遺跡)
10月18日 6日目の午後

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下の地図9番

エフェソス観光後 昼食だったような

トマトベースのスープとザクロジュースです これは美味しい
右の串刺しは 有名な肉料理チョプシシケバブ
味は普通

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デザートはプリン
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午後は ベルガマ遺跡観光

ベルガマの遺跡
第二のアテネと謂われた都の都市遺跡・アクロポリスと
古代人が心と体の癒しを求めた医療施設アスクレピオン
の遺跡があります
ベルガマはペルガモンとも呼ばれ、紀元前2世紀から1世紀にかけてペルガモン王国の都として栄えた街
アスクレピオンはベルガマ遺跡の中でも有名な所

アスクレピオン: 古代の総合医療センター
ここでマッサージ、泥浴、聖水飲用、薬草や軟膏の使用による治療が行われていたといわれる。
かつては多くの病人たちが治療のためにここを訪れた。


回廊
イオニア式で大理石の列柱が125mにわたって連なり、
当時はこれに屋根がかけられ、ここを患者が裸足で歩いて治療が行われたとか。

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地下道
石積みで作られたこの地下道は、俗世界と治癒の場をつなぐものとして長さ80mあり
、治療棟と聖なる泉を結んでいます。
患者さんが 地下道を歩く時に 神の声に聞こえるように
治る 治ると暗示をかけていたそうです

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聖なる泉
水を飲むと病気がよくなると言われていた

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奥に見える劇場
3500席のこの劇場は病院付属のもので、ローマ時代に造られたとのことで、
劇を見たり、音楽を聴くことも治療の一環として考えられていたようです。
聖なる泉はこの前にあります。

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山の上にみえるのが
ベルガマの街全体を見渡せる335mの山の上にベルガマ遺跡の「アクロポリス」
こちらは観光してません

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その後 アイワルクへ移動
地図9の左横の大きく突き出た半島の付け根から
7のトロイ遺跡の下の湾の突き出た所がアイワルク
エーゲ海と一面に広がるオリーブ畑をみながらバス移動となりました

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アイワルクのホテル(ハリックパークホテル)
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こちらで こんな物を5リラで購入(¥225)
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夕食はホテルでバイキング
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果物は洋なしがお勧め
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トルコ旅行 6日目(エフェソス観光)
10月18日 6日目

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ホテルの朝食バイキング
ヨーグルトに色々とトッピング 
これは美味しかった

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エーゲ海最大ノローマ遺跡エフェソス観光に行く途中で革製品の専門店に寄りました

ファッションショー

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ツアー客も舞台に上がってショーに参加
7人の侍の一人は モデルになりきってポージングまで
この方 ホテルのベリーダンスショーでも大活躍でした

革のジャケットを以前に韓国で購入してあまり着なかった 
品質は韓国に比べても良いものですが
お値段も高いし たぶん着ないだろうと
しつこく勧められたのですが 何とか断ることができました

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エフェソスは9から左横に大きく突き出た半島のしたの付け根にセルチュクの近くにあります


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エフェスは紀元前11世紀にイオニア(古代ギリシャ)人により建設。
アルテミス神殿を中心に都市国家として発達したもの。
現存するギリシャ文明最大の遺跡で、
アルテミス神殿は古代世界七不思議に入っている。(ネット引用)

こちらからの説明文はネットから探して引用してます

これが大変でもう嫌になります

半円の直径が158mもある地中海文明でも最大級の野外大劇場
収容人員は約2万5千人。

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皇帝ハドリアヌスに捧げられた神殿。
アーチや壁の至る所に、神話の登場人物が刻まれている。

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セルシウス図書館横にあるマゼウスとミトリダテスの門

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セリシウス(ケルスス)図書館

視覚効果を計算に入れて考えられたユニークな設計で、
両端の柱はやや細く、2階の柱も細くて短い柱を使用しており
遠近効果を利用して建物を大きく見せている。
四体の女性像は、それぞれ知恵、幸運、学問、美徳を象徴していると言われている。
像は残念ながらレプリカで、オリジナルはウィーンにあるそうです。
(ネット引用)

当時、アレキサンドリア、ベルガマと並ぶ三大図書館に数えられ、12万冊の蔵書があった

ただし、その図書館のすぐ前に秘密の抜け道があり、
その向かいにあるホテル?(女性が待ってる)に通じているとの事でした。
図書館に向かうふりしてその穴から向かいにある宿にって男は何時の時代も
呆れますね

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ナイキのデザインの元になったと言われるニケのレリーフ
ガイドさんが色の黒い理由がわかりました。
日差しがどんなに強くても傘もささず説明をしてました
夏は何度くらいになりますかと聞いたら35度以上と・・沖縄以上です

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ヴァリウスの浴場
エフェソスの紀元前2世紀に建設されたハマム(浴場)、
その後の 時代では、体育館として使用されていた。(ネット引用)

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オデオン(音楽堂
エフェソスの街の小劇場。当時は屋根が付いていたことや、
舞台の作りから、議事堂としても使われていたようだ。1400人収容。(ネット引用)

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クレテス通り
ヘラクレスの門からセルシウス(ケルスス)図書館までのなだらかな石畳のメインストリート。
両側には円柱や、彫像が載っていた台座が並び、
丘の上の高級 住宅街、モザイクの歩道、神殿や公衆トイレから遊郭まであり
、当時の人々の生き生きとした生活が目に浮かんでくる。(ネット引用)

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1世紀に作られたという公衆トイレ
水洗式で穴の下に水が流れていた。
ガイドさんがこの遺跡の中で一番面白い所と話してました
石の上に座るトイレだから冬はとても冷たいので、
太った女性が座って温めておいてお金をもらっていたそうです

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エフェソス遺跡からバスで数分でアルテミス神殿跡に。
かつては世界七不思議のひとつに数えられ、
高さ19m、直径1.2mの円柱を127本持った壮大な神殿は、
6世紀に石材が運び出され、現在は1本の円柱が残るのみ
(ネット引用)
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